2012年8月6日月曜日

夏の美術館・花火

この日は、色々な"美術"に触れました。
 
朝、新聞に丸木俊さんの絵が大きな記事になっているのをみつけました。
6日、9日は原爆の投下された日です。終戦日も近いですね、67年目となります。
また2012年は、丸木俊さんの生誕100年にあたるそうで、
こじ付けではありますが、この節目年に原子力問題が問われたのは何かの引き合いでしょうか。


こんな苦しい世界を描く画家の魂、エネルギーはどこから生まれるのだろう・・・

 この日のメインは花火大会で、道中、絵が好きな学生と『美術ってなんだろうね~』という話題に。
駅から川原へ行く途中に寄り道をして、色々な”美術”の話を聴々、課題は山のようになりました。
陽が傾き薄暗くなると共に、答えが闇のように思えてきます。見えない世界を見るような気分。

そして、真っ暗・・・でも、そんなモヤモヤは、花火が吹き飛ばしてくれるはず! 
ド、ドーーーン!!!


 『 花 火 』
 日本人の誇れる文化の一つで、美しい芸術のひとつ。
この表現を追い続ける職人と、見る側の期待感が美しい花火を産み出しているように感じます。 
あの迫力と美しさは、最も正しい火薬の使い方だといつも感動します。
『日本の花火』は、平和の象徴です!

外国の花火には祝砲の名残でしょうか、花火が爆発の域を超えていない様に見えたり・・・
国のもつ感性の違いですが、少し残念な気持ちです。もう少し穏やかであってほしいですね。
あまり差を感じない方という方は『線香花火』を思い出してください。
小さな花火にあれだけのストーリー性があることに驚きます。
 
 

この日は、色々な事に巡り合ったことで普段眠っている感覚が呼び起こされました。
巡り巡る縁に出会った時【感じる力】が強くなるような気がしませんか?
迷いの重さの中で、無性に美しいものに触れたくなり、思いついたのはステンドグラスと声楽。 

 時を逃さず求めるものに触れられたとき、心の視界が拓けるような気持ちになります。
なんと表現してよいのか ”生きていることに触れられる瞬間”  という感触です。

これがなんなんのか・・・
簡単にいえば”感動”なのですが、それが『縁』で始まり気づいた時にその偶然、
恵まれた環境への”感謝”も自然と生まれて、混ざり合っているような心持です。

不思議な感じ・・・と、終わりたいところですが、今日一日の出逢った"美術とは何だろう?"
という答えに繋がる”道”かもと想い、もう少し考えを巡らせてみると、 ”崇高”という言葉が浮かびました。
”感動と感謝”が合わさった時の感覚は”崇高”というものなのかも。
美術が、宗教から発展していった源流は、こういう気分の中にあるような気がしてきました。
たまたま今日出会った美術が、宗教色の濃い芸術という共通点は偶然ではないような気がします。
人が悩んだとき、求めるものを入れておく枠が”宗教”なのかもしれません。

テーマは”美術”だったのに”宗教”へと話が飛んで、どう消化して書こうと悩みますが、
感覚的に得たものは、世界の彩り、芸術、アート、音楽、西洋美術、東洋美術、
単語で括られている垣根が無くなった瞬間に人間が求めてきた『美(術)』の何かが見える様な気がしました。
作家のエネルギーは、こんなところから生まれているのではないでしょうか・・・。

そして、宗教という言葉には個人差があるものの、求める事自体が宗教であるとしたら、
その中で、壁を越えていくこと、ひとつになっていくこと、繋がりゆく努力の形が芸術で、
『生死を越えようとする人の力(想い)』が産み出すものが『美術』になっていくのかもしれません。

今日は、そんなことが降ってきた一日でした!あ~、難しい!
!? 熱中症で幻想をみただけなのかも !?



絵画 骨董品 買取の北岡技芳堂

0 件のコメント:

コメントを投稿